02. キスとキスの合間に













 学部の違う向日から久々にテニスをしないかと連絡が入ったのは午後の講義が終わってまどろんでいた時だった。氷帝テニス部は全員氷帝の大学部へと入学をしたが、学部はそれぞれ違う所を選んだ。

 は女子が一番多い文学部を無難に専攻したのだが、外国語の単位が以上に多い氷帝の文学部は卒業時には幾つかの言語がペラペラに喋れるようになります。というのが売りだ。そりゃあ、中等部、高等部、はては初等部からの英才教育があればそうなるだろうとは思っているのだが、そんな愚痴は言っていられない。

 メールをくれた向日は経済学部にいる。学部が違うとキャンパスが違う大学が多い中、氷帝は流石金持ち学校と言うべきか、全ての学部のキャンパスが一緒で、都心のど真ん中に存在している。広いから移動に時間はかかるが歩けない距離ではない。向日に今から行く!とメールをして、はまったりしていたカフェテリアを出た。

 外に出ると北風が容赦なく吹いている。コートの前を閉めて、マフラーに顔を埋めた。大学のキャンパス内にテニスコートがあるのだが、いつもそこで集まってテニスをするのが元テニス部の楽しみだったりする。テニスサークルに入った元レギュラーもいるが、大抵は違う所に入っていたりする。

 自身も中等部、高等部では女子テニス部だったが、今は入っていない。何故か忍足に誘われるままに、流されてミステリー研究会なるものに入ってしまった。まぁそこそこ楽しいので忍足を恨んではいないけれども。そんな事を思いながらテニスコートに行く途中にあった自販機で暖かいココアを購入しては一直線にテニスコートを目指した。

!」

 呼ばれて振り返れば元レギュラーでも数少ないテニスサークルに入った同級生がいた。

「宍戸じゃん」

 トレードマークと化している帽子を風の中器用に回しながら歩いてくる。

「お前も向日に呼ばれたのか?」

「まぁね」

「お前ラケットは?」

 その言葉に手にしているココアを振って見せれば「暖かい所で見学希望ってわけか」と意味を分かってくれた。テニスコートに併設している見学コーナーで見る予定だ。もう少し季節がよければテニスをしたくなるが、今はしたい季節ではない。それでもテニスコートに足を向けてしまうのにはわけがあった。

「最近跡部と会ったか?」

「会うわけないじゃん」

 その言葉に宍戸が「お前なぁ」と呆れたような声を出すが、は知らないふりをした。跡部とは所謂恋人だったりするのだが、跡部の忙しさが異常でメールをしてその日のうちに返ってくればラッキー。電話して留守電になれば儲けもの。といった具合の状態である。大学には来ているらしいのは知っている。跡部は有名人だから来ると文学部にまで噂が流れてくる。が、学部の違うが会いに行くのは至難の技だったりする。

「アイツもしっかりしろっつーの」

「宍戸が怒ることじゃなくない?」

は知らねぇだろうけど、俺達にはアイツを怒る権利があんだよ」

 本当に怒っているような宍戸に「そんなもんか」とはあまり気にしなかった。それからはテニスコートを目指しながら宍戸と鳳の近況を聞く羽目になった。宍戸は教育学部で鳳は法学部で学部は違うのだが、共通科目等で鳳がよく相談に来るらしい。同じ学部の滝に相談しろと、宍戸は助言するらしいが、鳳は宍戸が良いらしい。宍戸も頼りにされて悪い気はしないらしく、たまにつるんでいる所をみかける。

「日吉は元気か?」

「相変わらず私のこと先輩と思ってるのか、思ってないのかよく分からない態度だけど、この前一緒にご飯食べだし元気だよ。この時間講義だから、それ終わったら来ると思うよ」

 知り合いのテニス部レギュラーでと唯一同じ学部なのは日吉だけだ。そのせいか日吉も良く絡んでくる。懐いてくるというより、絡んでくる。この前も文学部の充実した図書館では棚の上にある本を取ろうと脚立を持ってきた所で後ろからヒョイっと本を取ったあげく「小さくて見えませんでした」なんて抜かしてくるぐらいだ。気が利くのだけれど、一言多いというか意地悪な所が垣間見れる後輩だ。天邪鬼かツンデレだと思えば何て事はないのだけれども。

「日吉のやつ…」

「宍戸?」

「何でもねぇよ」

 そうは言うが少し不機嫌になった宍戸にどうしていいかわからない。

「今度昼飯一緒に食おうぜ」

 少し怒った風に言われるが、断る理由はない。

「いいよ。今度メールして」

「おう。他の奴等とは最近会ってるか?」

 何だか探りを入れられているような気もしなくもないな。とは思いながらも最近の行動を思い出してみた。

「この前たまたまがっくんと映画行って、火曜日はサークルだから忍足たちと会ったし、毎週水曜日は日吉とランチする約束だし、金曜日はバイトでジローちゃんに会って、今週の土曜日は長太郎の演奏会に行く予定で、滝とは時間があったら勉強会してるから、会ってないのは跡部と樺地と宍戸くらいだよ。」

「…アイツ等」

「宍戸?」

「いや、水曜日学校で昼飯食ってるんだな?」

「あーうん。日吉もそうらしくてたまたま会って以来一緒にするのが暗黙の了解みたいになってる。その日だけは友だちも何か日吉くん所行くんでしょ?って追い払われる。」

「今度から俺もいいか?俺も水曜日昼飯学校で食ってんだ。」

「宍戸がいいなら構わないよ」

「じゃあ今度の水曜日から連絡するな!」

「りょーかい」

 日吉には内緒にしておこう。日吉の驚いた顔を見て楽しんでやるとは密かに思っていた。

 話しているうちに大分歩いたのか、もう目の前にテニスコートが見えてきた。

「あれ向日じゃねぇか?」

「跳んでるから直ぐ分かるね…」

 テニスコートでピョンピョン跳ねている小柄な青年にとても見覚えがある。二人はテニスコートに近づいて声をかけた。

「向日!」

 宍戸のかけた声に向日は気付いて手を振ってきた。

に宍戸じゃん!」

「俺はついでか!」

「悪い悪い!早く来いよ!」

 ラケットを振り回している向日に宍戸はしょうがねぇな。とコートの中に入っていく。はそのまま宍戸とは別れて併設されている見学席に移動した。向日が来いよ!と叫んでいるが、寒いから嫌だ!と返しておく。

 見学席に行けば先客がいた。

「滝!」

も来たんだ」

「暇だったし」

「でもテニスはしないんだね」

「寒いし。滝もする気ないんでしょう?」

 本を片手にくつろいでいる所を見れば、滝も見学希望なのは分かりきっている。滝の隣に腰を降ろしてココアをテーブルの上に置いた。

「そういや忍足がサークルのことで話があるって」

「何だろ…」

「日吉も来るといいんだけど」

「多分来るよ」

滝も日吉も同じサークルである。滝は忍足とがいると分かっていて選んだのだが、日吉は手違いである。ミステリー研究会という名前だけを見て七不思議系かと見学にきた日吉を忍足とと滝でひっつかまえて引きずりこんだのである。実際はミステリー小説の研究会である。それでも文学に興味がないわけではない日吉が辞める素振りはいまのところないのだけれど。

「今回は社会派ミステリーじゃなくて日吉が好きそうなミステリーとか皆で探してみようか?」

「そろそろそうしないと日吉キレそうだよね」

 滝の提案に乗ると見学席のドアが開いて冷たい風が流れ込んできた。

「こんにちは!」

 元気に入って来たのは宍戸に懐いている後輩、鳳長太郎だった。彼もテニスサークルに入った一人である。鳳はなぜか二人分の鞄を持っている。と思ったらと滝の座っているテーブルの空いた席に「置かせてもらっていいですか?」と聞くからはどうぞ、と椅子をずらしてあげた。

「宍戸さんと俺の荷物なんですけど」

 そういえばさっき宍戸は荷物を持ったままテニスコートに入っていったな、と思いつつ宍戸に言われる前に気を利かせたのだろう鳳に世話焼き女房のようだなとは笑ってしまった。より断然鳳の方が気が利くだろう。

「私か滝がいるから思う存分テニスしといで」

 任せとけ!というと鳳は爽やかな笑顔で「宜しくお願いします」と頭を下げてすぐにテニスコートの方に行ってしまった。

「本当にもう一人の後輩と違って爽やかだわ…」

 思わず呟くと口を塞がれるのと同時に首に冷たい物が押し付けられた。口を塞がれたおかげで(?)叫ぶことはなかったが、涙目になって後ろを振り返るともう一人の後輩がそこにいた。

「誰と違って爽やかなんですか?」

 分かっていての行動にはドキドキした心臓を押さえながら叫ぼうと思ったが、一応公共の場なのを思い出して思いとどまった。

「日吉、流石に今のは、ね?」

「…すみません」

 滝が窘めると謝るが、あまり反省しているようには見えない。

「ドキドキが止まらない…」

「せやったら俺がもっとドキドキさせたろうか?」

「耳元で喋るな!!」

 油断ならない。いつの間にか関西弁メガネが隣に立っていた。忍足はずれたメガネを直すようにメガネの真ん中に手をかけている。

「日吉もおって丁度ええわ。来週からのサークルの活動決まったで」

 忍足が告げる活動内容をそれなりに聞いて、それなりに流していると外が騒がしくなってきた。隣にいる忍足を見るとニヤっと笑われた。

「王様の登場や」

 その言葉にこのどよめき、というかざわめき、主に女子の黄色い声が何か分かった。

「景吾来てるの!?」

「来てるというか、ここに来るよ」

「は?え?」

 ここ、と指したのはテニスコート。大学に入ってからは跡部は家のテニスコートでしかテニスはしていない。遊びのテニスを他人に見せる気はないらしい。楽しんでやるテニスではなく、跡部景吾というカリスマのテニスだけを見せたいというのが跡部の言い分だ。

「時間作ってに会いに来たんやろ。愛されてるなー」

「景吾に限ってないわ。たまたま時間があっただけでしょ」

「跡部さんに限ってそれはないでしょ。たまたま時間があったくらいでここに寄り道する人じゃありませんよ」

「日吉の言う通りだと思うよ」

 それぞれにそう言われては反論も出来ない。愛されていないとは思わないが、あまり自覚が出ないのだ。こればっかりはどうしようもないし、環境が環境なのもある。

「せやから跡部が来る前に打ち合わせを終わらせるで」

 忍足がまたメガネを押し上げて、サークルの話を再開した。だけは複雑な顔でそれを聞いていたけれども。

 手短にサークルの話を終わらせると忍足はラケットを持ち上げてコートに向かう準備をし始めた。

「忍足もするんだ」

「岳人がダブルスしよー言うてるし、たまには体動かしたいんや」

「そういや、今2対1か」

 外を見れば誘ったはずの向日がじゃんけんにでも負けたのか審判席に座っていた。自分が誘ってテニスが出来ないのはかわいそうだろう。それも思ってか、忍足はラケットを用意した。

「しょうがないですね。俺が審判しますよ」

 はコートだけを着て出て行こうとする日吉を引き止めた。

「それだけじゃ寒いでしょ。ほら」

 マフラーを勝手に日吉に巻いて頑張れ若者!と外へと送り出した。

「跡部に怒られるんやないん?」

「別に景吾に買ってもらった物じゃないから」

「さよか」

 忍足もラケットを持って外へと出て行く。コート上で合流した彼らは何かを言っているが、この部屋までは聞こえてこない。

「勉強する?」

「んー、今日はアイツ等の様子を見てアテレコしたい」

「それもいいかも」

 滝と二人で笑って午後のひと時を堪能しようとは大きく深呼吸をした。

「俺様の席はどこだ?アーン?」

 ドアの開いた音と冷気を感じて視線を向ければ見知った男が偉そうに立っていた。

「遅かったね」

 滝が笑って言うが、跡部は何も答えない。も何も言わない。

 別に喧嘩しているわけでも絶賛気まずい状態というわけでもない。ただ、何を喋っていいか分からなかった。

「…久しぶり」

 の挨拶に跡部は何の返事もせずに、空いていた椅子に荷物を放り投げた。それから近くにあった宍戸のテニスバックを漁って勝手にテニスラケットを2本取り出すとの手をつかんで立たせ、扉へと歩き出した。

「はっ!?ちょっ、景吾!?」

 意味が分からないと抵抗をするが跡部の力に叶うわけがない。引き摺られるがままに外に出ると、やっぱり寒い。マフラーのない分さっきより余計に寒いが跡部が気にする様子もなく、テニスコートへと連れ出される。

 するとテニスをしていたダブルス組も気付いたのかと跡部を見てくるが、触らぬ跡部に祟り無しといった所で動向は気にしているが何か話しかけたりはしてこない。ただ、鳳のサーブが一回ダメにはなった。

「やるぞ」

 ラケットを放られ、慌ててキャッチする。跡部のだったら落としてやってもいいのだけど宍戸のなので仕方ない。

「宍戸!ラケット跡部が勝手に!!」

 隣のコートに叫べば「好きにしろ!」と返事が返ってくる。その間に跡部は向かい側に行って、サーブを打つ体勢になっていた。

「いくぞ」

「は?ちょっと!?」

 軽く来たテニスボールを打ち返す。相当手を抜いているサーブなので今のでも簡単に打ち返すことの出来る状態だ。

「私ヒールなんだけど!」

 走れない!と叫んでも跡部はテニスをやめようとはしない。打ち方は緩くに配慮しているようにだが、テニスをさせること自体が鬼だ。

1ゲームだけ付き合え」

 そう言った跡部が打った球がのコートに決まった。

「取れるわけないし!」

「いいからやれ」

 でもも気付いていた。跡部の言葉に覇気がないことに。しょうがないとは腹を括った。

「俺様の勝ちだ」

 当たり前だ。という言葉は言葉にならず、の口からは荒い息しか出て来ない。段々跡部も本気になっていったらしく、最後の方には手加減とかいう文字は見えなかった。確かにも本気モードだったけれど、はっきり言えば二人共テニスコートを走り回る格好ではない。

 むしろヒールでテニスコートに入って、テニス馬鹿たちによく怒られなかったもんだとは思ったが、誰も突っ込まないので流した。わざわざ言って怒られるのも嫌だし。

「体力落ちたんじゃねぇか?」

2年も、ブランクあるんだから!」

 現役時代と比べないで欲しい。最近はもっぱら本を読んでいることの方が多かったぐらいだ。

「情けねぇ」

 その言葉に反論する前に膝に手を付いて息をしていたの腕を掴んで跡部はスタスタとコートを出て行く。

「ちょっ、景吾!?」

「いいから来い」

 さっきからそのやりとりしかしていない気がする。はそう思ったが、口答えするのも面倒くさい。見学席に戻って跡部が椅子に座ると、滝が立ち上がった。

「なんか二人を見てたら俺もやりたくなったよ」

 それじゃあ、と言って手を振って出て行くが、あれは確実に二人に気を使って出て行ったとしか思えない。は滝にいて欲しかったが、どうすることも出来ない。

「…なんで何も言わねぇ」

 滝が出て行って跡部が口にした言葉はには不可解な言葉であった。

「何が?」

 チッと舌打ちが聞こえるが、それはに対してというよりも跡部自身に対してといった感じだった。

「連絡取れなかったことだ」

「あー、そのこと。」

「そのことってお前…」

 どうやら跡部は気にしていてくれたらしい。でもも一週間や二週間ぐらい連絡が取れないからといって気にはしていない。

「電話でダラダラ話すより、時間作って会いに来てくれた方が嬉しいから」

 連絡が出来ないことを気にする暇があるなら、時間を作ってささっと会いに来い。の言いたい事がわかったのだろう。跡部も口の端を挙げた。

「そうだな…。会いに来たから謝らねぇぞ」

 あの跡部の口から会いにきたという言葉が聞けただけでも嬉しいものだ。

「別に謝って欲しいとか思ってないし」

「だろうな」

 ふと笑った跡部の真剣な視線に捕らわれた。近づいてくる跡部の顔に、ここ外から見えるんだけど、なんて事は思っても口にはしなかった。

 唇が合わさって跡部の不機嫌な声が聞こえた。

「荒れてる」

 と言いながらも、もう一度唇は塞がれた。

 キスとキスの合間に紡がれた言葉に最初は何を言っているのかが分からなかった。けれど、それは悪態と言うには甘すぎる響きを持っている。

「俺様に会えないからって唇荒してんじゃねぇよ」

 俺様な言い分だが、そのほうが跡部らしい。

「じゃあキスしなきゃいいじゃん」

 の反論に跡部はまたもキスを繰り返した。

「折角目の前にいるんだ、触れ合うってのが筋だろ?」

 キスとキスの合間に睦言を囁くのがなんて上手い男なんだろうと思いながらは目を瞑った。






おまけ

「跡部のやつ、見せ付けやがって」

「クソクソ!」

「下克上だ…」

「丸見えやって分かってやってんねんから性質悪いわ…」

先輩…」

「でも、二人でいるのが一番似合うね」

「ウス」

樺地、居たのか。全員が心の中でそう思った。






後書き

いつの間にやらオールキャラ。というか跡部は一体いつ出てくるんだって書きながら思いました。水上始です。そして勝手に氷帝メンバーの学部を決めました。すずさんも彼らの学部について考えてみたらきっと楽しいぜ☆

水上の考える氷帝メンバーの学部。

跡部→経営学部(経営者になるから)

忍足→医学部 (父親が医者だし)

岳人→経済学部(何か適当に)

宍戸→教育学部(先生とか向いてそう)

滝 →法学部 (弁護士とか似合いそう)

鳳 →法学部 (同上だけど、最初会計士とどっちにしようか迷った)

樺地→経営学部(跡部の右腕になるために)

日吉→文学部(何か古典とか研究してそう)

芥川→彼が勉強している姿が想像出来なかった(笑)

図らずも逆ハーくさくなってしまった。

でも、日吉と愉快な仲間達企画なので、いいじゃないか!という事にしてください!

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