「隣いいか?」

 その言葉にときめいた。










03. 優しく積もる淡い恋 










 は語学の講義が苦手だった。隣に座った人とといきなりペアを組まされるとか、色々あるからだ。特に今からの講義は友だちと相談せずに決めてしまい、一人で受けるはめになっている。毎回毎回ペアが変わるというのも正直辛い。けれど、根が真面目なのか、いつもいつも一番前の席に座ってしまう。教科書とノート、筆記用具を鞄から出し、準備をしていると、机を軽く叩かれた。

 何か用かな?とが軽い気持ちで顔を上げると、そこにはも知っているような有名人がそこにいた。中等部、高等部ともにテニス部レギュラーだった日吉若がそこに立っていた。

「隣いいか?」

 しかも、の隣の席を希望しているらしい。は思わず言葉は出なかったが、思いっきり首を縦に振った。

「悪いな」

 いえ、そんなことないです!と言いたかったが緊張して言葉にならない。が友だちもいないこの講義を受け続ける理由に彼がいたから、という理由があるのだ。中等部の頃からずっと憧れていた日吉が隣の席に座っている。一度も同じクラスになったことはなかったから、夢にまで見た光景だ。本当だったら気の利いた話の一つでも出来ればいいのだが、今は日吉の行動が気になってならない。

 机の上にあまりノートを広げすぎて日吉の邪魔にならないように配置するにはどうしたいいだろうか、なんて事まで考えてしまいながら、はドキドキが隠せなかった。

 当然、面識のないと日吉は授業が始まるまで何の会話もしなかった。そのうちにチャイムがなり、講師がやって来て講義は始まった。

 話すことも大切だけれども書けることも大切である、という講師の考えなのか、授業の最後には講義でやった構文等を使って小テストをやるのが通例であった。その小テストが厄介なのである。

「はい、では隣の人と交換して、採点し合ってください」

 友だちでもない人に小テストとはいえ、点数を見られるのは嫌だ。特に、今日隣にいるのは憧れの日吉若である。間違いまくっていたら、と思うがはいつも小テストの成績は悪くはない。むしろ好成績の方だが、今日は日吉が隣に座っているせいであまり授業に集中出来ていなかったのは自分でも分かっている。

「頼む」

 スッと差し出された日吉の答案に、慌てても日吉に自分の答案を渡す。友だち同士でやっている所は盛り上がっているが、と日吉では盛り上がるわけがない。黙々と採点をしていくだけだ。

―あ、ここ間違ってる

 案外簡単な所を間違えていることに日吉も普通の人間なんだと笑いが零れそうになるが、馬鹿にしていると勘違いされたら困るので慌てて顔を引き締めた。

「終わったぞ」

「ありがとう…」

 採点の終わった答案を互いに返却しなおしてみると、全てに丸がついていた。満点だ。良かった。日吉に馬鹿な子だというレッテルを貼られるのだけは避けられたらしい。

 それから講師が全員の答案を集めて講義は終了をした。

 シャーペンをペンケースに入れ、ノートを閉じて教科書と重ねる。それから順番に鞄の中にしまって、名残惜しいが、日吉とサヨナラだ。次の講義はないが、ここでまったりするわけにもいかないだろう。

 立ち上がって日吉に一言声をかけて行こうかと思ったが、思いがけず日吉から話しかけてきた。

「この後授業あるか?」

 思ってもみなかった言葉にが固まると日吉はもう一度尋ねてきた。

「この後予定あるか?」

「…な、ないです」

 それだけ答えるのが精一杯で、何で日吉に話しかけられたのか、むしろ何で日吉にそう聞かれたのかわからなくて頭の中でパニックになっていると日吉が少し言い辛そうに言ってきた。

「さっきの間違った所の問題、教えてくれないか?」

「へ?」

「だから、さっきの問題の考え方を教えて欲しいって言ってるんだ」

 少し日吉の機嫌が悪くなったのを感じとって、は慌てて日吉に「先生に聞きに行かなくていいの?」と言えば日吉らしい答えが返ってきた。

「あの講師の話を聞いて間違うんだから、聞きに言っても無駄だろう。それよりもあの話聞いて分かってる奴に聞いた方が手っ取り早い」

 確かに教え方というのは相性があるから、何度説明してもらっても分からないものは分からなかったりする。そこで先ほど小テストが満点だったに日吉は白羽の矢を立てたらしい。

「お茶ぐらい奢るから教えてくれないか?」

「う、うん!いいよ!」

 日吉と喋れる思ってもいない機会だ。しかも頼りにされている!

 じゃあカフェテリアにしようか、とが言うと日吉が構わないというので連れ立って歩き出した。日吉も一応気を使っているのか歩くスピードは遅めである。そして何より女の子の視線が凄い。

 文学部は全体的に男子が多い氷帝大学部の中でも特に女子が多い。その中で日吉若はテニス部レギュラー唯一の文学部だ。そこで文学部棟を歩けば目立ってしょうがないのだ。その日吉の隣を歩いているのはとても不思議だったけれど、は置いていかれないように適度な距離を保って日吉の背中を追いかけた。

「何がいい?」

 カフェテリアに着くと日吉がメニューを指すので、奢ってくれるというのは本当だったんだ、と思いながら「カフェオレでお願いします」と頭を下げた。

「その辺に座っててくれ」

「わかった」

 本当は日吉だったら奢られなくても勉強の一つや二つ教えるが、日吉としては面識のない女の子に何もなしに勉強を教えて貰うほうが負担だろう。そう思っては素直に日吉に奢られることにしたのだが、意外と空いているテーブルに、どこに座ろうかと思い、見ているとお気に入りの席が空いていた。

 外も見渡せる、暖かいところである。そこが空いているとは必ずそこに座るほど気に入っている。そこに座って先ほどと同じように教科書とノート、筆記用具を準備していると日吉がやってきた。

「手間取らせて悪いな」

「ううん。人に教えるのって自分の勉強にもなるから」

 なんて良い子ちゃんな発言をしてみるが、内心は目の前に座った日吉にどうしていいか分からなかった。

「ここなんだが、良く考え方が分からない」

 教科書のページを指されて、そこは分かっていたから、自分の中で最上級の丁寧な教え方をする。するとやはり日吉の読解力や理解力は凄くて、が説明をするとスルスルと問題を理解していく。

「そうか…そう考えればいいのか…」

 そう言いながらスラスラと問題を解いて行ってしまう。はちょこっとアドバイスするだけで構わなかった。これなら自分じゃなくても良かったのではないかとは思うが、日吉の役に立てるならそれでいい。

「考え方さえ分かれば案外簡単だな」

 日吉はノートを閉じて勉強を終えた。

「助かった」

「あんまり教えることなかったし」

「いや本当に助かった。ありがとう」

 改めて日吉にそう言われると何だか恥ずかしい。

「とにかく今日は助かった」

 日吉も恥ずかしかったのか、そう切り上げて席を立った。

「また分からなかった時は頼む」

「う、うん。またね!」

 去って行こうとする日吉の背中に思わず友だちへ声をかけるような挨拶をしてしまったであるが、日吉は振り返ってくれた。

「ああ、またな」

 軽く手を挙げて返してくれた日吉に嬉しくなっては気がつくと満面の笑みになっていた。








 それが約二週間前の出来事である。

 それから日吉はあの授業になるとの隣の席へとやってきた。他の子が日吉を誘っても一番前が良いんだと言っての隣へとやってきた。一番前の席は全部で四つあって、以外が一番前に座っていない時でも日吉はの隣へとやってきた。それから授業で分からない事があれば教えあい、という関係が二週連続で起こっていた。

 今日はあの語学の授業がなく、日吉には会えないだろうなぁ。と思いながらはカフェテリアに向かっていた。その途中でケータイにメールがきた。

「うそ…」

 この日にいつも一緒に昼食を取っている友人が今日は休講で昼食の時間には学校にいないらしい。今日は一人か…とは寂しくカフェテリアに足を踏み入れると、既に人が一杯で座る場所を確保するのにも一苦労そうだ。とりあえず食券を買う為に列に並ぶと後ろから肩を叩かれた。別の友人かと振り向くと、そこには今日は会えないと思っていた人物がいた。

「日吉くん…」

「一人か?」

「う、うん」

 が頷くと、日吉が小さく言葉を洩らした。

「珍しいな」

 その言葉が聞き取れなかったはもう一度日吉に問おうとしたが、列が進んだので、その機会を逃してしまった。

「約束してる友だちが休講だから、お昼は学校いないって連絡あって…」

 別に日吉は事情なんて聞いてないが、は気まずくて勝手に喋ってしまっていた。それを聞いた日吉はケータイを取り出した。

「悪いな。ちょっと電話する」

「ううん」

 数コールで相手が出たのか、日吉はすぐに喋り始めた。

「確保してるの4人席ですよね?はい…、一人連れて行くんで。では」

 それだけ言って電話を切ってケータイをポケットにしまった。日吉の行動を眺めていたの頭にポンと手を置いた日吉に今度こそはわからなかった。

「日吉くん?」

「何でもない。それより何にするんだ?」

 後一人での番になっていた。自分の番になって、お金を入れて、Aランチのボタンを押した。

Aか…俺もそれにするか」

 日吉も同じようにお金を入れるとAランチを押した。落ちてきた食券を手に、二人でAランチの場所へと並んで、Aランチを受け取った。このカフェテリアは氷帝内でもそこまでお金がかけられている場所ではないからこういうシステムがとられている。

 その為か、文学部棟にあるのに、他の学部からやってくる人も多く、お昼時には一番混むのだ。文学部の女子学生にとっては迷惑もいいところである。

「ついてこい」

 その一言で日吉がスタスタと歩いて行ってしまう。慌てて追いかけると、一つのテーブルの前で止まった。

「もう一人の子は?」

「ここにいます」

 日吉は振り返っての手にしたランチをそのテーブルの空いている席へと置いてくれた。

「こんにちは」

 既に席に座っていた女性が声をかけてきたのでは慌てて「こんにちは」と挨拶を返した。

「にしても日吉が女の子連れてくるなんて驚いちゃったー」

「いけないですか?」

 そう言いながら日吉は手にしていた鞄を置いて、椅子に腰掛けていた。

「いいえ、そんなことは言ってません。むしろ私邪魔?」

 最後の言葉をの方に向けて言ってきたので、は首を横に振った。

「私の方がお邪魔ですよね。すみません…」

 謝ると、まだ鞄も置こうとしないの腕を日吉が軽く引っ張った。

「いいから座れ」

「日吉言い方。それに邪魔だったら日吉は連れてこないよ」

 ニッコリ笑ってくれた女性をはどこかで見た事があった。が、それを思い出すより先に日吉の忠告に従って、は鞄を置いて、椅子に座った。

「言い方って言えば、日吉ってたまに景吾みたいな喋り方になるね」

「跡部さんとですか?」

 凄く嫌そうな日吉の顔では思い出した。

「あっ…」

 思わず女性の顔を見つめると二人の視線がこっちを向いた。

「そういえば、名乗ってなかったね。文学部3年のです」

「文学部2年のです。あの…跡部先輩の彼女…ですよね?」

 恐る恐る聞いてみると苦笑が返ってきた。

「私の顔まで広まってるの?」

「あなたの顔が広まっているのは跡部先輩の彼女という肩書きだけじゃないと思いますが」

「ああ、私が美人だからか」

 日吉は破天荒行動と言動が原因だよ。とは言えなかった。

「はい。先輩に憧れている子多いですよ!」

 の発言に今度こそ目を丸くした二人がを見ていた。

「どーしよ日吉…なんか曇りがない」

「良かったですね。一人ぐらい同性から褒めてもらえて」

「同性からってことは異性からは結構褒められてるわけ?」

「いえ、異性は跡部さんがいるから既に一人クリアじゃないですか」

「えー。あれ?」

「あれ?ってあんた仮にも彼氏でしょ」

2週間連絡しないで学校でキスしてくるやつが?」

「あんたも結構楽しんでたようにみましたが?」

「質問に質問で返すな。つか楽しんでないし、日吉がいうとやらしい」

「何言ってるんですか。不快です」

「むしろ私の方が名誉毀損な発言されてるんですけど」

「気のせいです」

 次から次へと交わされる会話には耐え切れなくなり、ついに笑いを零してしまった。

「日吉のせいで笑われたじゃん!」

「俺のせいではなく、あなたのせいでしょ」

「いやいや絶対日吉のせいだって」

 二人で擦り付け合っていると、別の声が入って来た。

「お前ら何遊んでんだよ」

 コンビニの袋を持って現れた宍戸は空いていた席に座って、二人の頭を軽く叩いてへと爽やかな笑いを寄越した。

「悪いな。俺は教育学部3年の宍戸だ。よろしく」

「文学部2年のです。宜しくお願いします」

「文学部2年ってことは日吉と同じか?」

「そうそう、日吉がナンパしてきた可愛い女の子です」

「誰かナンパですか。語学の授業が同じなんです」

「彼女じゃねぇの?」

 宍戸の言葉に日吉が反論する前には「違いますよ!」と軽く否定をしておいた。日吉に思いっきり違います!なんて否定されたら次の週の語学の授業に行きたくなくなる所か登校拒否をしたくなる程の衝撃がある。

「そうか…。でも日吉もまともにダチ作れたんだな」

 そう言いながら飯にしようぜ、と宍戸が言うので皆昼食に手をつけ始めた。

「失礼ですね」

「あーでも、ホント。長太郎と樺地以外に友だちいなさそう」

「アイツ等は友だちじゃありません」

 その言葉に宍戸とは笑って日吉の頭を撫でた。

「何するんですか」

「お前可愛いな」

「本当景吾が日吉のこと気にかけるの分かる気がする。アイツ一人っ子だから日吉のこと弟か何かだと思ってる節あるし」

「可愛いって何ですか。それに俺は跡部さんを兄だと思ったことはありません」

 先輩二人に良いようにされている日吉には滅多に見れない日吉の表情にふふ…と笑うと宍戸がそれに気付き、の手を取って日吉の頭に乗せる仕草をした。

も撫でたらいいぜ」

「ちょっ、宍戸さん!!」

 はすぐに手を引っ込めてしまったが、日吉と宍戸はまだじゃれている。するとが腕時計を確認したと思ったら宍戸の方を真剣に見つめた。

「ヤバイ…日吉をからかってる場合じゃない」

 の言葉に宍戸も腕時計を確認すると焦りだした。

「昼飯食いそこねる!」

 慌てて残りを食べる二人に日吉は自業自得です、と冷静に返している。は自分のペースを守って食べていたからもう残りは少ないが、二人は日吉をからかう時間をちょっと多めに取りすぎたようだ。

 が食べ終わると、既に食べ終わっていた日吉が席を立った。それから行くぞ、と声をかけられる。次は別に同じ講義ではない。が、まだ食べている先輩を差し置いて席を立つのは憚られたから日吉が気を使ってくれたのだろうと、は「お先に失礼します」と日吉と一緒に席を立った。

「またおいで」

「またな」

 先輩二人にそう言われて笑顔で返す。返却口に着くと日吉に謝られた。

「騒がしく悪かったな」

「ううん。楽しかったよ」

「あの人達すぐ人で遊ぶから」

 主に日吉がからかわれているらしいが、図書館で日吉がやり返していたのを知っているは、あれがコミュニケーションなのだと笑うが日吉には通じなかったらしい。

「変な事言われたり、されたりしたらハッキリ嫌だって言っていいからな」

「うん、ありがとう」

「無理につき合わせて悪かった」

 カフェテリアの入口で別れる。今日は楽しかった、ありがとう。がそう言おうとする前に日吉が背中を向けた。

「また」

 日吉からのその言葉に笑顔がこぼれるが、日吉には見えていない。は日吉の背中に声をかけた。

「うん!今日は楽しかったよ、ありがとう!」

 聞こえている。といった感じで日吉が手を挙げたので満足しても次の教室へと向かった。日吉が一度だけ振り返ったことを知らずに。








 またもは日吉に話しかけられた語学の時間を迎えていた。今日も律儀に一番前に座り、教科書等を準備していると机を叩かれた。

「隣いいか?」

 見上げると、やはりそこには日吉若がいた。

「どうぞ」

 日吉の邪魔にならないように鞄を自分の方に寄せる。今はこうやって日吉が隣で授業を受けてくれるだけでいいとは笑みを浮かべた。

 日吉への想いはの中へと優しく積もっていった。








後書き

 これ、日吉?(それは言っちゃいけないお約束)

なんとなく、なんとなく、なんとなくなんですが、ヒロインはすずさんをイメージしてます。すずさんはこんなん私じゃない!というでしょうが、何となく、本当に何となくイメージが被ります。

 問題は跡部の彼女が出てきた所から始まります。跡部の彼女と日吉はポンポン会話をしていくイメージがあります。なので、日吉がメッチャ喋る子になった!

 前の跡部のお題とリンクしてますが、これだけでもOKです。跡部お題では日吉も含めた逆ハーくさかったですが、実は日吉は違うのよー。というのを書いていきます。

 ので、次のお題へ続く。

 …よくわからん後書きになった。








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